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福岡高等裁判所 昭和31年(ナ)3号 判決

原告 小宮国太郎 外三名

被告 長崎県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「昭和三十年九月十三日執行の長崎県上県郡上県町議会議員選挙第一選挙区における当選の効力に関し訴外大石明徹の提起した訴願に対し被告が同年十二月二十九日なした裁決はこれを取り消す。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。すなわち、

(一)  原告等四名は、いずれも昭和三十年九月十三日執行の長崎県上県郡上県町議会議員選挙第一選挙区における選挙人であつた。

(二)  右選挙第一選挙区の選挙すべき議員の定数は九人であつて、訴外山本恵は得票数百十八票で最下位当選、訴外大石明徹は得票数百十七票二百十一分の二十一で次点となり落選した。

(三)  訴外大石明徹は、これが当選の効力に関し上県町選挙管理委員会に異議の申立をなしたが、同年十月二十二日却下されたので更に被告に訴願を提起したところ、被告は同年十二月二十九日訴外大石明徹の得票数を百十七票二百十一分の二十一、訴外山本恵の得票数を百十七票と算定し、前記上県町選挙管理委員会の決定を取り消して、訴外山本恵の当選を無効とする旨の裁決をなし、同日これが告示をなした。

(四)  右裁決の理由は、開票管理者において候補者山本恵の有効投票と認むべきものとした投票一票につき、訴願人の主張を容れ「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」として、同候補者の得票数百十八票から右の一票を差し引くべきであるというにある。

(五)  しかしながら右係争投票(検第一号)には「」のように記載されていて、筆力不十分な選挙人の投票したものであることは一見して明瞭である。而して第一字は明らかに平仮名の「や」であり、第三字は片仮名の「ト」であり、第四字は同じく「メ」である。なお第五字は平仮名の「ぐ」であり、第六字は片仮名の「ミ」である。従つてこれらの文字と第二字とを組み合わすれば、「やセトメグミ」となり、「メぐミ」が人の名を表現するものであることは、社会通念上明らかであつてこれを本件選挙第一選挙区における候補者小宮辰美(タツミ)、大石明徹(メイテツ)、武田良美(ヨシミ)、大石篤(アツシ)、緒方規矩夫(キクヲ)、竹内清志(セイシ)、山本恵(メグミ)、小茂田太一郎(タイチロウ)、広沢勇(イサム)、小田為次郎(タメジロウ)、豊田貢(ミツギ)、伊藤兼松(カネマツ)の名と対照すれば、候補者山本恵の名「恵」を表現する意思をもつて記載されたものであることは、候補者の氏名中他に「メぐミ」と読まれる名のないことにより明瞭である。しからば第一字から第三字までは人の姓を表現せんとしたものであつて、第四字乃至第六字が前記の如く「メぐミ」である以上、恵の姓たる「山本」を表現せんとして第一字と第二字との間に「マ」を脱落し、第二字は「モ」の誤字と認むべきである。

してみれば右投票は、候補者山本恵に投票する意思をもつてなされたものと認むべきであつて、これを公職選挙法第六十八条第一項第七号に該当する無効投票ということはできない。

(六)  仮に前記投票(検第一号)が無効投票であるとしても、本件選挙における候補者大石明徹の有効投票として計算された百十七票二百十一分の二十一中には「メイゲツ」と記載した投票一票(検第二号)及び「大石デツ」と記載した投票一票(検第三号)があり、前者は明らかに「明月」と読まれ、後者の第二、三字は文字の態をなさず特に第三字は他事記載と認むべきであるから、いずれも無効である。しからば大石明徹の有効投票は右の二票を差し引くときは、百十五票二百十一分の二十一となり、山本恵の有効投票百十七票より少数となるので、山本恵の当選の効力には影響がないこととなる。

よつて被告のなした前記裁決は違法であるから、これが取消を求めるため本訴請求に及んだ。

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。すなわち、

(一)  原告等主張の請求原因事実中、(一)乃至(四)の事実及び(六)の事実中候補者大石明徹の有効投票百十七票二百十一分の二十一のうち原告等主張の如く記載された投票二票の存することは、いずれもこれを認めるが、その余はすべて争う。

(二)  本件係争投票中、検第一号はその全体の記載及び体裁からみるときは、およそ文字の形態をなさず意味不明であつて、公職選挙法第六十八条第一項第七号にいわゆる「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当し、その効力を否定する外はない。また検第二号及び検第三号はいずれも候補者大石明徹の有効投票と認むべきである。なお本件選挙第一選挙区においては、大江寿多(オオエヒサタ)、豊田数馬(トヨダカズマ)、八島時衛(ヤシマトキエ)の三名も立候補し投票前に辞退した。

よつて原告等の本訴請求は失当である。(立証省略)

理由

原告等主張の(一)乃至(四)の事実及び(六)の事実中、候補者大石明徹の有効投票百十七票二百十一分の二十一のうち、原告等主張の如く記載された投票二票(検第二、三号)の存することは当事者間に争がなく、また候補者山本恵の有効投票中に原告等主張の如く記載された投票一票(検第一号)の存することは本件弁論の全趣旨に徴し当事者間に争のないところである。

よつて原告等主張の右投票三票(検第一、二、三号)の効力につき順次検討することとする。

思うに投票は、その記載が正確を欠き文字の拙劣、不鮮明、誤字、脱字、宛字または文字の配列に誤り等があつても、それが候補者の氏名または氏もしくは名を表明したものと認められる限り、選挙人の意思を尊重し、該候補者に投票する意思をもつてなされたものと推定すべきであると同時に、一面かかる推定が許されるのは、選挙人の該候補者に対する投票意思が、その投票の記載自体から判断し得られる場合でなければならないと解すのを相当とする。

そこでまず原告等主張の「」の如く記載された投票一票(検第一号)の効力について考えるに、検証の結果(第一回)によれば、該投票の記載は、鉛筆書きでやや不鮮明であり且文字拙劣ではあるが、第一字から第四字までは、かろうじて片仮名の「ヤ、セ、ト、メ」と読まれ、その余は二字を書くつもりであつたかも知れないけれども、ほとんど文字としての形態をなさず、通常人には到底これを判読することができない。従つて第四字の「メ」以下の記載を原告等主張の如く「メぐミ」と判読し、候補者山本恵の名「恵」を表明したものとは認め難く、また第一字から第三字までの記載をもつて、第一字と第二字との間に「マ」の字を脱落し、第二字は「モ」の誤字であるとなし、候補者山本恵の氏「山本」を表明したものと認めるが如きは、選挙人の意思の臆測に外ならず到底許されないところであつて、結局これを全体として観察すれば、その記載自体文字不明瞭で候補者山本恵に対する選挙人の投票意思を推定することはできないのみならず、候補者の何人の氏名を表明したものか確認し難いものといわざるを得ない。

してみれば前記投票は、公職選挙法第六十八条第一項第七号に該当するものとして、これを無効とすべきである。

次に原告等主張の「メイゲツ」の如く記載された投票一票(検第二号)及び「大石デツ」の如く記載された投票一票(検第三号)の効力について考えるに、検証の結果(第二回)によれば、前者の記載は、第一字は「メ」、第二字は「イ」と明らかに読まれ、第四字は「ツ」と判読され、また第三字は一見すれば「ケ」に濁点を打つたように思えるけれども、「テ」の文字の上の「一」が筆力不十分のためゆがみ正確を欠いたものと推認できないことはないので、全体としてみれば「メイデツ」と読み得られ、仮にこれを「メイゲツ」と記載したものとしても、候補者大石明徹の名「明徹(メイテツ)」にその発音において近似するのみならず、他にこれに類似する氏名の候補者の存しなかつたことは成立に争のない甲第一号証に徴し明らかであるから、その記載自体からみて候補者大石明徹に対する選挙人の投票意思が表われていると認むべきである。また後者の記載は、第一字は文字拙劣ではあるが「大」と読まれ第二字は「石」の文字の「口」の部分が不正確ではあるが「石」と判読できないことはなく、第三字は「メ」の文字を書こうとして筆力不十分のため正確に書くことができず書き損じたため更にその上に重ねて同一文字を書いたものと認められ、第四字は「デ」第五字は「ツ」と明らかに読まれ、これを全体として観察すれば「大石メデツ」と判読し得るところ、前記甲第一号証によれば、大石篤(アツシ)なる候補者があるけれども、候補者の名を表明したものと認むべき「メデツ」の記載は、その発音においてむしろ候補者大石明徹(メイテツ)の名に近似するので、これが記載自体からみて候補者大石明徹に対する選挙人の投票意思が表われているものというべきである。してみれば右投票の第三字の記載をもつて、原告主張の如く有意の他事記載となすべきではなく、結局前記投票二票は候補者大石明徹の有効投票と認めるのを相当とする。

しからば候補者山本恵の得票数は百十七票、候補者大石明徹のそれは百十七票二百十一分の二十一となるので、大石明徹の異議申立を却下した前記町選挙管理委員会の決定を取り消し、山本恵の当選を無効とした被告委員会の裁決は相当であつて、これが取消を求める原告等の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

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